2008年05月04日
面積が凄いことになってしまった
チャット漏れのこと考えたら建物が大きくなりすぎた(笑。実際に配置してみると馬鹿でかい。なんていう大きさだ。あまりの大きさに愕然とした。この面積に建物を作るととんでもないプリムの消費量だ。やっぱここは外装はなるべく簡素なものにしないとならないな。今回は詰め込めるコンテンツが多いし、外装ではそれほど凝って無理なことはできないな。もうちょっとコンパクトにできないかな。
2008年05月04日
SLの一つの可能性
人生と言うのは大体一つくらいの悩みを背負っているという生易しいものではすまないものだ。こんな中を社会人として何十年も生きてきた親の偉大さを時々感じる。常に幾つかの悩みや問題を背負いながら家庭を持ってやって行くのだから、私みたいな駄目人間には到底できそうにないように感じる。私ももう凄く若い世代というわけではない。段々と中年期に近づいて行く。そろそろ半ば中年という感じかな。私は30代はこの仮想世界に賭けようと思っている。それはSLに限定したことでは無いけれど、現状だとSLが可能性の幅が大きいからここで努力している。ここで後9年くらいは芽が出なくても頑張れるだけの根気はあります。私はそんなに器用でも賢くも無いけれど、根気だけは20代のときに何年間も闘病生活を続けたのであります。人生一度落ちるところまで落ちると吹っ切れる。吹っ切れなければ終了だしね。多分誰でも人生でそんな時期が来ると思うよ。早ければ子供時代に来る人もいるだろうし、遅ければ老齢になってから来るかも知れない。自分と言うものが極限まで追い込まれてそこから這い上がれれば何がしかのものは大きくは得られる。最大値が増えるような感じかな。人間は一度耐えられた苦しみまでは必ず耐えられると思います。
私がインターネットに没頭できたのは療養中の期間が長かったからです。21歳の頃に一度死に掛けました。極度の酸欠で意識を失い、助かっても90%植物人間になるところが偶然そうならないで助かりました。医者には常に運が良かったと言われました。しかし、命は助かったけれど大量の投薬で体がボロボロになってしまいました。そこからは何年間も死にかけたときよりもずっと苦しい日々が続きました。いっそ死んでしまいたいと何度も思ったものです。世間との窓口もほぼ無くなり、ただ肉体的、精神的に苦しいだけの日々が続きました。そんなときに少しでも苦しさを紛らわせてくれたのがインターネットの世界でした。この世界が私の世間との窓口として機能していました。ここで人と出会い、そして世間で起きていることを知ることができました。インターネットを作り上げた人たちはそんなことは意図して作ったのでは無いのかも知れませんが、結果として私は一番苦しい時期を乗り越えるための助力をインターネットから得たわけです。
仮想世界はインターネットよりももっと有用なものになると私は感じています。ここはある種の箱庭であって新しい世界でもあります。世の中には様々な理由で世間に関われない人がいるものです。でもそういう人たちも社会性のある動物「人間」であるということは変りません。少しでも多くのそういう人が救われるツールになるのなら、それは凄く意味のあるツールだと私は考えます。かつて私の作ったホテルにイギリス人の紳士が来て私にこう言いました。「私はRLでは車椅子なんだよ。でもこの世界ではその縛りが無くてとてもハッピーだ」。私はこの世界に何かの可能性を感じています。だからここに何年間でも労力を賭ける意味があると思っています。
人間は複雑な動物だから身体的な問題だけではなく、心的な問題を抱えていたりもする。誰だってどこかで癒される権利があると思います。これは人として最低限の生活を営むために必要なことだと私は考えるのです。もし落ちるところまで落ちてそこに絶望しかなかったら、あなたはそこから這い上がれるほど逞しいと考えますか? ほんの少しでも光明があればもっと多くの人が助かると思う。誰だっていつ身体に障害を持ったり、精神的に追い込まれるかわかりません。今日は何も問題が無くても明日には何が起きているのかなんて分からないのです。
私は人は基本的には個々人では善良であると思います。困っている人を見たら助ける気持ちが湧いてくると思う。集団になったときにコントロールが利かなくて失敗することはありますが、基本的には常に心をもつ生き物であるのだから思いやる力を持っています。SLで出会う人、一人一人のRLや素性なんてわかりませんが、人には常に親切に優しく接することが良いと思います。やったことは必ず返ってきます。優しく生きれば周りにはそういう人たちが自然と集まってきます。SLの世界でもできるだけ人の役に立つことを考えて行動してみると良いかも知れません。自分だけ幸せになろうとしても絶対に幸せにはなれないよ。皆で幸せになろうと思わないとね。SLを通して一人でも多くの人の心を癒せるのなら、それはそれでとても意味のあることだと思う。アバターを操作している人たちは人間なんですから。
私がインターネットに没頭できたのは療養中の期間が長かったからです。21歳の頃に一度死に掛けました。極度の酸欠で意識を失い、助かっても90%植物人間になるところが偶然そうならないで助かりました。医者には常に運が良かったと言われました。しかし、命は助かったけれど大量の投薬で体がボロボロになってしまいました。そこからは何年間も死にかけたときよりもずっと苦しい日々が続きました。いっそ死んでしまいたいと何度も思ったものです。世間との窓口もほぼ無くなり、ただ肉体的、精神的に苦しいだけの日々が続きました。そんなときに少しでも苦しさを紛らわせてくれたのがインターネットの世界でした。この世界が私の世間との窓口として機能していました。ここで人と出会い、そして世間で起きていることを知ることができました。インターネットを作り上げた人たちはそんなことは意図して作ったのでは無いのかも知れませんが、結果として私は一番苦しい時期を乗り越えるための助力をインターネットから得たわけです。
仮想世界はインターネットよりももっと有用なものになると私は感じています。ここはある種の箱庭であって新しい世界でもあります。世の中には様々な理由で世間に関われない人がいるものです。でもそういう人たちも社会性のある動物「人間」であるということは変りません。少しでも多くのそういう人が救われるツールになるのなら、それは凄く意味のあるツールだと私は考えます。かつて私の作ったホテルにイギリス人の紳士が来て私にこう言いました。「私はRLでは車椅子なんだよ。でもこの世界ではその縛りが無くてとてもハッピーだ」。私はこの世界に何かの可能性を感じています。だからここに何年間でも労力を賭ける意味があると思っています。
人間は複雑な動物だから身体的な問題だけではなく、心的な問題を抱えていたりもする。誰だってどこかで癒される権利があると思います。これは人として最低限の生活を営むために必要なことだと私は考えるのです。もし落ちるところまで落ちてそこに絶望しかなかったら、あなたはそこから這い上がれるほど逞しいと考えますか? ほんの少しでも光明があればもっと多くの人が助かると思う。誰だっていつ身体に障害を持ったり、精神的に追い込まれるかわかりません。今日は何も問題が無くても明日には何が起きているのかなんて分からないのです。
私は人は基本的には個々人では善良であると思います。困っている人を見たら助ける気持ちが湧いてくると思う。集団になったときにコントロールが利かなくて失敗することはありますが、基本的には常に心をもつ生き物であるのだから思いやる力を持っています。SLで出会う人、一人一人のRLや素性なんてわかりませんが、人には常に親切に優しく接することが良いと思います。やったことは必ず返ってきます。優しく生きれば周りにはそういう人たちが自然と集まってきます。SLの世界でもできるだけ人の役に立つことを考えて行動してみると良いかも知れません。自分だけ幸せになろうとしても絶対に幸せにはなれないよ。皆で幸せになろうと思わないとね。SLを通して一人でも多くの人の心を癒せるのなら、それはそれでとても意味のあることだと思う。アバターを操作している人たちは人間なんですから。
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